2005年 12月 16日
スカブコーラルは人型コーラリアンの夢を見るか |
第34話を経ての、『人型コーラリアンの生態考察』を約束通り、書いちゃいました。ええ、妄想全開ですよ。放送終了後(…そこまで待たずとも、かもしれません)には恥ずかしくて読めないこと間違いなしっ!…私が保証しちゃいます。
これはもう、みんなが考え、知っている事なのでしょうけどもここに書いておこうかと(物語で明確に示されていない=妄想の領域を超えてない、という事ですしね)。
■エウレカは歳を取らない
【前提条件】
・ニルヴァーシュの開発時、その使用するボードはサーストン工場に発注された。
・そのボードの事をレントンは知らなかった(生まれていたとしてもまだ幼かった)。
・上記から、ニルヴァーシュ完成時期は10年以上昔である。
・で、エウレカは開発されたニルヴァーシュのテストパイロットだった。
エウレカは、その当時の姿は現在と大して変わりは無い。たとえ10歳だったとしても、現在20歳を超えている筈。しかし、見た目は14歳(仮定)。これにより、エウレカは歳を取っていない(あるいは、取っていたとしてもそのスピードは人よりも遥かに遅い?)。歳を取らない=成長しない、という事です。…確かに、人型コーラリアンの生まれた理由が「人を学ぶ為」という見地からも、これは妥当な理由かと。
■エウレカは成長を始める
スカブコーラルに取り込まれ、傷ついたエウレカが元に戻らないのは、上記理由からかと考察できるのですが、最近そのエウレカの髪の毛が伸びてきたのではないかという報告が各所で挙がっています。もしそれが作画陣の趣味(こらこら)でなく事実ならば、顔や手の傷も治っていくと思われますがいかがなものでしょう?
ただ、エウレカを治すのは薬でなくレントンの存在が大きいのだと考えられるかと。
■人型コーラリアンから人へ
エウレカは、まず子供達に出会い母親になろうと思った。しかしそれは中身を伴っていないものだったと考えられる(第8話の、勝手にいなくなったメーテルに対しどう接すればいいのかわからず、レントンに聞くところから推測できる)。しかし、レントンに接していくうちに、まず笑い、しばらく経っていくうちに、自分の中である想いが生じた事に対する不安(明確になるのは第14話以降…かな、で、後にギジェットに「それは恋よ」と直球の答えを投げられる)、訳のわからない感情(これはヒルダに「嫉妬だよ」と言われる)等、エウレカは確実に内面から変化していったと推測される(変化に対する不安というのも、ポジティブに見れば、感情であるよね)。
自分の思いに気付いたエウレカがレントンと再会した(第26話)以降、だんだん表情が人に近付き、母親として無意識に動くようになった(第30話の「モーリスが変」エピソード)。
ざっと挙げただけだが、こうしてエウレカは人へと少しずつ変化していってると考えられはしないだろうか?…そして、ここで大事なのはやはり、レントンの存在。
■対(つい)に関して
人型コーラリアンには対(つい)と呼ばれる存在が不可欠。それは、人型コーラリアンを心から笑顔にさせるもの。…多分、笑いは一つの目印で感情というものを与える存在が対(つい)なのかと。喜怒哀楽があってこそ初めて人らしいと言えるものだから。そして、エウレカにそれを与えたのはレントン。
対が現れることが人型コーラリアンを救う方法。ということはある一定期間内に現れないと、人型コーラリアンは死んでしまう(壊れてしまう)?
■最後に
単に、人に接しその情報を得る事だけが目的ならば、ずっと人型コーラリアンでいいのだ(逆に自我や感情等は、情報収集の妨げになる)。それが、だ。人型コーラリアンは、人と接する事で自我が目覚めるように作られている(それどころか人に変化するのだ)。これは一体どういう意味を持つのか。ここにこそ、人類とスカブコーラル(コーラリアン)の共存への道が隠されているのだろうか?
もしもそうならば、我々はその答えを第1話から示されていた事になる。…エウレカの笑顔という形で。
で、おまけ。
■人型コーラリアンと絶望病
第25話で登場した絶望病患者マーサの呼吸が普通の人よりもゆっくりであった。また、ウィリアム曰く「息をする事は死に近づく事」。…ならば、絶望病の人は通常よりも長生きする?
で、人が大地に取り込まれる事が「絶望病」だと。
ならば、スカブコーラルが行っている人類との共存の別アプローチがこの「絶望病」だとは考えられないか?(つまりは、人型コーラリアンを生み出して方法を模索する一方で、人を「絶望病」という名で自分側に取り込んでしまう方法も試していると)。
これはもう、みんなが考え、知っている事なのでしょうけどもここに書いておこうかと(物語で明確に示されていない=妄想の領域を超えてない、という事ですしね)。
■エウレカは歳を取らない
【前提条件】
・ニルヴァーシュの開発時、その使用するボードはサーストン工場に発注された。
・そのボードの事をレントンは知らなかった(生まれていたとしてもまだ幼かった)。
・上記から、ニルヴァーシュ完成時期は10年以上昔である。
・で、エウレカは開発されたニルヴァーシュのテストパイロットだった。
エウレカは、その当時の姿は現在と大して変わりは無い。たとえ10歳だったとしても、現在20歳を超えている筈。しかし、見た目は14歳(仮定)。これにより、エウレカは歳を取っていない(あるいは、取っていたとしてもそのスピードは人よりも遥かに遅い?)。歳を取らない=成長しない、という事です。…確かに、人型コーラリアンの生まれた理由が「人を学ぶ為」という見地からも、これは妥当な理由かと。
■エウレカは成長を始める
スカブコーラルに取り込まれ、傷ついたエウレカが元に戻らないのは、上記理由からかと考察できるのですが、最近そのエウレカの髪の毛が伸びてきたのではないかという報告が各所で挙がっています。もしそれが作画陣の趣味(こらこら)でなく事実ならば、顔や手の傷も治っていくと思われますがいかがなものでしょう?
ただ、エウレカを治すのは薬でなくレントンの存在が大きいのだと考えられるかと。
■人型コーラリアンから人へ
エウレカは、まず子供達に出会い母親になろうと思った。しかしそれは中身を伴っていないものだったと考えられる(第8話の、勝手にいなくなったメーテルに対しどう接すればいいのかわからず、レントンに聞くところから推測できる)。しかし、レントンに接していくうちに、まず笑い、しばらく経っていくうちに、自分の中である想いが生じた事に対する不安(明確になるのは第14話以降…かな、で、後にギジェットに「それは恋よ」と直球の答えを投げられる)、訳のわからない感情(これはヒルダに「嫉妬だよ」と言われる)等、エウレカは確実に内面から変化していったと推測される(変化に対する不安というのも、ポジティブに見れば、感情であるよね)。
自分の思いに気付いたエウレカがレントンと再会した(第26話)以降、だんだん表情が人に近付き、母親として無意識に動くようになった(第30話の「モーリスが変」エピソード)。
ざっと挙げただけだが、こうしてエウレカは人へと少しずつ変化していってると考えられはしないだろうか?…そして、ここで大事なのはやはり、レントンの存在。
■対(つい)に関して
人型コーラリアンには対(つい)と呼ばれる存在が不可欠。それは、人型コーラリアンを心から笑顔にさせるもの。…多分、笑いは一つの目印で感情というものを与える存在が対(つい)なのかと。喜怒哀楽があってこそ初めて人らしいと言えるものだから。そして、エウレカにそれを与えたのはレントン。
対が現れることが人型コーラリアンを救う方法。ということはある一定期間内に現れないと、人型コーラリアンは死んでしまう(壊れてしまう)?
■最後に
単に、人に接しその情報を得る事だけが目的ならば、ずっと人型コーラリアンでいいのだ(逆に自我や感情等は、情報収集の妨げになる)。それが、だ。人型コーラリアンは、人と接する事で自我が目覚めるように作られている(それどころか人に変化するのだ)。これは一体どういう意味を持つのか。ここにこそ、人類とスカブコーラル(コーラリアン)の共存への道が隠されているのだろうか?
もしもそうならば、我々はその答えを第1話から示されていた事になる。…エウレカの笑顔という形で。
で、おまけ。
■人型コーラリアンと絶望病
第25話で登場した絶望病患者マーサの呼吸が普通の人よりもゆっくりであった。また、ウィリアム曰く「息をする事は死に近づく事」。…ならば、絶望病の人は通常よりも長生きする?
で、人が大地に取り込まれる事が「絶望病」だと。
ならば、スカブコーラルが行っている人類との共存の別アプローチがこの「絶望病」だとは考えられないか?(つまりは、人型コーラリアンを生み出して方法を模索する一方で、人を「絶望病」という名で自分側に取り込んでしまう方法も試していると)。
by hk-club
| 2005-12-16 11:53
| エウレカセブン【雑記】